根拠に基づく将来予測
オープンデータ活用講座

5.社会保障

これまで、オープンデータや人口統計について話してきましたが、もう少し身近な問題としてオープンデータを活用したいと思います。オープンデータが存在する身近な問題としては、少子高齢化社会が進行する中、将来の動向が気になる社会保障が最適です。
まず、社会保障の概要を述べ、現状がどのようになっているかをオープンデータを使用して見ていきます。

社会保障とは

社会保障とは、国が国民の最低限の生活を保障する制度です。

日本では、社会保障制度として次のようなものがあります。
  • 公的扶助:生活困窮者に対し、国や自治体が最低限の生活を保障するための経済援助を行う制度
  • 社会保険:医療・介護・年金・労災・失業など
  • 社会福祉:生活困窮者、身寄りのない老人・児童、身体障害者など、社会的弱者に対する保護および援助
  • 公衆衛生:地域住民の健康維持・増進を図る目的で、公私の機関が行う諸活動
これらは、我々では対応しきれない生活上の問題に対し、国などが社会保険料などを財源として最低限の保障を行います。財源が豊かな時は確実に保障されますが、我が国のように少子高齢化が進み国の財政が厳しくなると、どのように保障を行うかを考える必要があります。
これらの中で、特に費用が多くかかるものは「社会保険」で、その中でも「医療保険」や「介護保険」は年々費用が膨らみ、公費負担も多くなってきています。
以下では、現状、医療や介護関係がどのようになっており、将来どのようになるかを見極めるため、医療や介護関係のオープンデータを利用してどのような分析ができるかを考え、実際に分析を行います。

社会保障関係のオープンデータ

社会保障にかかわるオープンデータは、政府統計の総合窓口「e-Stat」や厚生労働省のホームページに多く見られます。特に「e-Stat」では、「17の統計分野」の中に「社会保障・衛生」分野があり、その中に87の統計(データ)があります。以下に、これらの統計を示します。
これらの統計の中から、目的に適合した統計を選択し、分析を行います。
項番分類統計名 項番分類統計名
1福祉児童手当事業年報 45福祉福祉事務所現況調査
2その他企業のワーク・ライフ・バランスに関する調査 46無料低額診療事業等に係る実施状況の報告
3年金恩給統計 47福祉福祉事務所人員体制調査
4年金都道府県知事裁定恩給に関する統計 48社会保障生計調査
5地方公務員共済組合等事業年報 49被保護者調査
6国家公務員共済組合年金受給者実態調査 50医療扶助実態調査
7連合会を組織する共済組合における医療状況実態統計調査 51家庭の生活実態及び生活意識に関する調査
8学校保健統計調査 52住宅手当緊急特別措置事業全国調査
9医療医療施設調査 53消費生活協同組合(連合会)実態調査
10医療患者調査 54ホームレスの実態に関する全国調査(生活実態調査)
11医療病院報告 55ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)
12医療受療行動調査 56知的障害児(者)基礎調査
13地域保健・健康増進事業報告 57身体障害児・者等実態調査
14医療医師・歯科医師・薬剤師調査 58障害福祉サービス等経営実態調査
15衛生行政報告例 59障害福祉サービス等従事者処遇状況等調査
16医療伝染病統計 60介護介護保険事業状況報告
17母体保護統計報告(優生保護統計報告) 61介護介護事業実態調査(介護事業経営概況調査)
18地域保健事業報告(保健所運営報告) 62介護介護事業実態調査(介護事業経営実態調査)
19医療老人保健事業報告 63介護介護事業実態調査(介護従事者処遇状況等調査)
20医療国民医療費 64医療医療経済実態調査(医療機関等調査)
21社会福祉施設等調査 65訪問看護療養費実態調査
22介護介護サービス施設・事業所調査 66医療DPC導入の影響評価に係る調査
23福祉福祉行政報告例 67医療後期高齢者医療制度被保険者実態調査
24福祉地域児童福祉事業等調査 68医療医療給付実態調査
25医療社会医療診療行為別統計(旧:社会医療診療行為別調査) 69医療後期高齢者医療事業状況報告
26介護介護給付費等実態統計 70医療健康保険・船員保険被保険者実態調査
27保健福祉動向調査 71医療医療経済実態調査(保険者調査)
28介護介護サービス世帯調査 72医療国民健康保険医療給付実態調査
29医療無医地区等調査 73医療国民健康保険診療施設年報
30医療院内感染対策サーベイランス 74医療国民健康保険事業月報等
31医療人生の最終段階における医療に関する意識調査 75医療国民健康保険実態調査
32医療歯科疾患実態調査 76医療「医療費の動向」調査
33医療無歯科医地区等調査 77医療在宅歯科医療に関する調査
34医療看護師等学校養成所入学状況及び卒業生就業状況調査 78年金年金制度基礎調査
35原子爆弾被爆者実態調査 79社会保障制度企画調査
36国民健康・栄養調査 80所得再分配調査
37医療食中毒統計調査 81社会保障・人口問題基本調査(生活と支え合いに関する調査)
38定期健康診断結果報告 82社会保障費用統計
39乳幼児栄養調査 83年金公的年金加入状況等調査
40乳幼児身体発育調査 84年金国民年金被保険者実態調査
41福祉児童養護施設入所児童等調査 85年金厚生年金保険・国民年金事業統計
42福祉全国家庭児童調査 86年金業態別・規模別適用状況調
43福祉全国ひとり親世帯等調査 87保健師活動領域調査
44福祉子どもを守る地域ネットワーク等調査

医療費の現状

国民医療費は40兆円を超し、年々増加の一途をたどっています。それに伴い、公費の負担も多くなり、財政圧迫の要因になっています。そのため、医療費をどのように抑えるかが課題となり、「健康日本21」などの運動や取り組みが行われるようになりました。
このような運動や取り組みは、課題を解決するための具体的かつ根拠のある方策(施策)でなければなりません。さらに、取りまとめた運動や取り組みといった方策は実行し、ある期間経過したら、どれくらい課題が解決できたかの評価を行い、問題のある所は問題解決のための方策をたて再度実行に移すことが必要になります。
これら一連の流れは、PDCAサイクルであり、重要課題解決には必要な流れです。今回は医療費削減という課題に対し、PDCAサイクルの最初のPの部分(計画立案)で必要な現状分析と、それを元にした課題解決の方向性策定について、「e-Stat」のデータを使用して行います。
なお、医療費を含めた社会保障関連の課題解決は、主に国や自治体などの行政機関が行うことが多いので、今回の分析等も行政機関を意識して行います。

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現状分析

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現状分析を行うにあたっては、医療費削減が目的なので、「どのような病気が多いのか」を見つけ出し、その病気を減らすことが必要です。ただし、「お金のかかる病気」でなければなりません。これは全国で見るものと、地域で見るものが必要です。国政レベルで見る場合は、全国レベルが必要ですが、自治体レベルでは地域での分析が必要です。「お金がかかる」場面としては、一般的に入院しているとお金がかかり、入院外はそうではない場合が多いです。
また、加齢とともに病気になる確率も高くなるので、年齢構成別に「どの様な病気が多いのか」も調べる必要があります。さらに、過去から比べて増加している病気も問題です。
以上を考慮すると、以下の5点を取り入れた分析を行うことが必要です。
① 傷病別
② 入院・入院外別
③ 年次別
④ 年齢別
⑤ 地域別(県別など)
これら要素が含まれる医療費データがない場合は、医療費と関係の深い患者数などのデータを使用します。すでに「2.オープンデータの活用(2)」で紹介した「傷病名・年齢階級を合わせた国民医療費の推移(平成14年~26年)」や「傷病名・年齢階級を合わせた患者数の推移(平成14年~26年)」で行った通り、各傷病とも年々医療費は増加傾向にあり、特に「循環器系の疾患」や「新生物」が多いことが分かっています。患者数でも「循環器系の疾患」が1位でした。(2位は「消化器系の疾患」)患者一人当たりの医療費では、圧倒的に「周産期に発生した病態」が多く、2位が「新生物」でした。しかし、これらは全国ベースのもので、県別などの地域に即したものではありません。
そこで、以下のような県別・傷病別の医療費を分析してみます。元となる統計は、国民医療費には県別の医療費はありますが、県別・傷病別の医療費はありませんので、患者調査の統計を使用します。患者調査は3年ごとの調査ですので、最新の平成29年の調査を用い地域特性を分析します。使用する統計表は、「下巻第9表 推計患者数(患者住所地),入院-外来・県内-県外×傷病分類×都道府県別」です。統計表は、下図のように、最初は全国の合計で60行ごとに各県の疾病分類ごとの患者数(入院・外来別)が表示されています。



これでは分析し難いので、表側を疾病分類、表頭を各県(総数・入院・入院外)にしたものを作成します。(下図参照)



この表で全国を含む各県の疾病分類別の患者数の比較が行い易くなりました。しかし、このまま比較しても人口の影響を受けるため、正確な比較ができません。そこで、この患者数を人口で割ったもの(県民1000人あたりの患者数)で比較します。
最初に患者総数(総患者数・入院患者数・外来患者数)での比較を行います。(下図参照)





これらのグラフを見ると明らかに、患者数は西日本が多いです。原因はデータ不足のため不明ですが、自身の地域が全国平均と比較することは可能です。
なお、県別疾病別の医療費はありませんが、県別の医療費があります。その医療費との比較は可能ですので、以下に示します。ただし、最新のデータが平成28年で、今回の患者調査と1年のズレはありますが、傾向を見るには問題ないと思われます。



今回は入院で比較しますが、傾向は同じと言えます。
次に、疾病別の比較を行います。元のデータを用いて、疾病別・県民1000人当たりの総患者数・入院患者数・外来患者数のグラフを以下に示します。





疾病別の患者数で、上位5位(全国)の疾病を下表に示します。この内、医療費の高いものに色を付けてあります。黄色は上位2位です。これらの疾病は、患者数も多く医療費も多いので、何らかの対応が必要になります。
 12345
総患者 XI 消化器系の疾患 IX 循環器系の疾患 XIII 筋骨格系及び結合組織の疾患 X 呼吸器系の疾患 XXI 健康状態に影響を及ぼす要因及び保健サービスの利用
外来 XI 消化器系の疾患 IX 循環器系の疾患 XIII 筋骨格系及び結合組織の疾患 XXI 健康状態に影響を及ぼす要因及び保健サービスの利用 X 呼吸器系の疾患
入院 XI 消化器系の疾患 IX 循環器系の疾患 II 新生物<腫瘍> XIX 損傷,中毒及びその他の外因の影響 VI 神経系の疾患
全国平均では、以上の結果になっていますが、各県では、少々違いがあります。この違いは、地域の特殊性による場合があります(例えば、「寒い地域で濃い味付けのものを多く取ることにより塩分摂取量が多くなり、血圧の高い人が多い」など)。この特殊性などの違いの原因を見極め、対策を考える必要があります。
また、今回は疾病の大分類で比較していますが、中分類や小分類での比較を行い、多く発症している疾病を突き止め、対策をたてることも必要です(使用しているデータでは、再掲として多く発生している疾病が掲載されています)。


今回は、「医療費の現状」についてどのようになっているかを見てみました。
第6回では医療費の将来予測について分析してみたいと思います。
< 4.人口統計
6.医療費の将来予測 >
未来を作る意思決定に。新世代統計集計システム【Z-Adam】