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特別講座
杉浦先生基調講演【中編】

医療ビッグデータ時代の
医療介護等総合連携システムの紹介と
データヘルス革命の今後の展望(中編)

 
同志社女子大学 薬学部 医療薬学科 臨床薬学教育研究センター 杉浦 伸一 教授

弊社主催にて開催されましたプレミアムパートナー会の基調講演「医療ビッグデータ時代の医療介護等総合連携システムの紹介とデータヘルス革命の今後の展望」の中編をお届けします。 講師は、前編にひきつづき同志社女子大学臨床薬学教育研究センターの杉浦伸一教授です。 今回は、病院・診療所・薬局のデータベース化とそのデータベースを応用した周産期医療情報ネット等の事例について、お話しいただきます。
<スピーカー紹介> 杉浦 伸一(同志社女子大学 薬学部医療薬学科 教授)
医師・看護師・ヘルパー・ケアマネ・薬剤師等の多職種間での患者情報の共有可能なケアネットワークシステムや、医療機関情報のGIS-DBシステムの構築など様々な医療システムの開発を推進されています。
【研究室】臨床薬学教育研究センター 【取得学位】博士(医学)名古屋大学 【研究分野】医療薬学
【研究課題】医療行政学(公衆衛生・医療計画・医療機能評価)
【出身大学院】名城大学大学院、名古屋大学大学院 【資格】薬剤師・ヨーロッパ代謝栄養学会生涯教育講師
【社会活動】特定非営利活動法人 抗がん剤曝露対策協議会 理事、特定非営利活動法人 MeDICC 理事

データベース化の最初の仕事は全国行脚


 病院・診療所・薬局のデータベース化に私が関わったのは、名古屋大学にいた時に大学が立ち上げた「全国の病院・診療所の情報が手のひらに乗るようなネットワークをつくろう」という企画がきっかけでした。
 ところが、病院、診療所、薬局がそれぞれ全国にいくつあるのか、その情報を誰も持っていない。唯一、病院をマップに配置する、いわゆるナビゲーションのシステムを開発している会社が、1年に1回データベースのメンテナンスをしていらっしゃる。ただ、そのようなデータでは全く役に立たないわけです。
 私たちは、何のためにデータベース化を進めるのか。ただデータベースを作ることが目的ではなくて、これを利用して、臨床研究者のグループを作ったり、その研究データを共有したりということが最終的な目的です。これが、大前提です。
 データが正確でなければ自分で実際に調べてみるしかありません。私は、全国を回って各市町村でどういうデータが、どのように保存されているのかを確認させていただきながら、データを集めました。
 四国では、泣けることにPDFでデータをくれました。PDFでは使えないんですね。どうやってPDFの前のデータに戻すのか、わざわざ四国へ行って確認したりと、そういう苦労もありました。


薬品開発が高コストにならざるを得ない構造的な問題


 臨床研究を設計する際の収集データの均質化については今、厚生労働省でも強く注意を促しています。例えば、ある有名な先生が臨床研究のトップになると、自分のグループの先生たちを呼び集めるわけです。そういう陣容で研究データを出して、医薬品や医療器具として国に認められるかと言うと、これが認められないんです。なぜなら、「その有名な先生の息がかかっているんでしょ」と国は見なすわけです。そういう理由で臨床研究は申請書類にはなりませんから、きちんと第三者を入れた治験という形で臨床試験をやらなくてはなりません。ただし、それは膨大なコストがかかるんです。このコストの問題が結局、薬品の開発にお金がかかる原因にもなっているわけです。
 きちんとした診療ができて、互いに無関係の第三者がグルーピングできるネットワークさえできれば、本来は安価な臨床研究が認められるはずです。しかし、実際には高額な臨床治験をせざるを得ず、どうしてもお金がかかってしまう。そういう問題があるわけです。


病院・診療所・薬局のデータベースが貢献できること


 医療法が改正され、新たな医療計画制度では、5疾病・5事業となり、精神疾患が加わりました。ところで、精神科を統轄するのは、医政局ではなく、保健局なんです。ですから、地域医療計画を立てろと言われても、医政局には病院の情報も、診療機能の情報も全くありません。そういう部分を補完したいという考えから、病院・診療所・薬局のデータベースを作ってきたわけです。
 あとは、緊急災害時における診療機能の見える化にも役立てられるでしょう。1病について、300項目ぐらいの診療機能を収集しています。ちなみに、全国の病院は8,421、診療所は88,003、薬局は58,002あります。


日本全国の診療機能の見える化


 病院・診療所・薬局の数に対応させるように、日本地図を男女別人口の10歳刻みで、100mメッシュで切っていき、そのメッシュの中に、あるアルゴリズムを作って、人の住んでいるところと住んでいないところを区分けして、全人口を配置してみました。病院の位置情報をすべて載せた上で、その地域の人口を対応させるわけです。この地域はどれくらい高齢者がいるのか。女の人はどれくらいか、男の人は…という分析ができる仕組みを最初に作ったわけです。
 こちらの図は、自宅で看取りができる在宅診療支援診療所の分布を表したものです。これは渋谷区の事例ですが、内科が30件、呼吸器内科が3件というふうに地図に表示することができるようになっています。


ボロノイ分析で病院の最適な設置場所を導き出す


 こちらは、東海市民病院、知多市民病院のボロノイ分析図です。この場合のボロノイ分析は、各地域にどれくらいの人口があるのかを可視化するために使われています。例えば、たくさん人が住んでいるエリアは赤を最高として暖色系で示されます。年齢別の人口を見比べると、北側は工業地帯で意外に若い人たちが多く住んでいるとわかる。逆に南側は高齢者が多い。とすると、それぞれどういう診療科があればいいのか、どういう診療科が重複しているのかが見えてくる。さまざまな情報を組み合わせながら、最終的にどのあたりに病院を設置すると最も効率的なのかを分析によって導き出していくわけです。
 ボロノイ分析は、もともとはコンビニが店舗展開の際に使う手法です。店と店の間を結ぶ直線に垂直二等分線を引き、自分の店から隣の店までがすべて等間隔になるように切っていったポリゴンの中に、どのくらいの人口が入っているかを見ます。そうやって各店舗がそれぞれ効果的に商圏を確保するにはどう配置していけばいいかを割り出すための分析方法です。


「透析難民」の人たちに代替となる病院を提案する


 こちらの図は、岩手県の透析病院の時間距離分析を行ったもので、震災直後に出したデータです。海沿いの2つの病院が震災の影響でだめになってしまったのですが、これらの病院に車で1時間以内に行ける人たちがいます。こういう人たちが、「透析難民」になってしまうわけです。この図は、「透析難民」の人数を予測し、その人たちを別の透析可能な病院に収容するために算出した分析結果です。このデータは透析学会のほうに提出し、参考情報として見ていただきました。


相馬地域の精神科病院患者が困ってしまった理由


 東日本大震災が発生し、福島県双葉郡の原子力発電所で事故が起こった際、事故現場に近い精神科病院では、別の病院に患者を移送することもありうるわけです。ところが、現地に入ってみてわかったのですが、相馬と宮城には確執があるんですね。未だに相馬の人たちは伊達からは面倒見てもらいたくない、だから宮城には行きたくないそうなんです。結局、相馬の人は内陸部の病院に行くことになりました。
 じつは、相馬には精神科の病院はただの1か所もなく、これは昔起こった相馬事件の影響なのだそうです。精神科の病院は南相馬にあったのですが、南相馬は全員、強制退去になりましたから、入院患者さんは内陸部の病院に行きました。外来患者さんは、相馬市内の避難所に行くしかないんですね。


被災地では病院に関する正確な情報が不足していた


 被災地では、病院に行ってみたけど医者がいない、受診できる診療科が違っていたといった問題が頻繁に起きていました。
 この情報化時代になぜこんなことが起こるかといえば、情報の収集と伝達が前時代的だったからです。具体的に言うと、保健所の保健師さんが自転車で避難所を回って、情報を足で集めていたんです。集めた情報は、保健所のホワイトボードに書かれるだけです。これが実際の現場で起きていたことなんですね。携帯電話やスマートフォンは生きていて、電話で話したりはしているのにもかかわらずです。
 きちんとIT化していたら、情報の収集も伝達ももっと楽にできたはずですが、人力でやらざるを得なかった状況が被災地には起きていたんですね。


求められたのは、日常利用していて緊急時に有効な仕組み


 私たちが被災地の相馬に行った際には、日常使用していて、なおかつ緊急時に有効な仕組みが求められていることがわかりました。そこで、愛知県で構築した医師会の安否確認・残存医療機能把握システムをすぐに作って、そのまま、それをデータベースで使っていただきました。
 さらに、周産期医療情報ネットやこころのドクターネットといった、先ほどのデータベースを使って一般に開放したシステムも作らさせていただきました。


医師の安否と医療機能が残存するかが確認できるシステムを構築


 医師会安否確認・残存医療機能把握システムとは、例えば愛知県の場合、災害時に県下の1500人の医師に一斉送信すると、どのくらい医者が元気でいるか、診察ができる病院等がどのくらいあるか、水道やガスが生きているのかが一目瞭然でわかるような仕組みになっています。
 台風の時にも使用しているのですが、浸水した病院施設と県が作ったハザードマップの位置がピッタリ合うんですね。「さすが、ハザードマップだな」と思いました。ハザードマップで浸水すると警告されている場所には、街のど真ん中で「なぜここが浸水するの?」と思うところもあります。じつは、この付近のマンホールから水が噴き出すんですね。実際にこの診療所は、床上浸水に遭ったことがあります。その時のデータを見ると、ハザードマップとピッタリ合っているんですね。


専門医の連携をとるための周産期情報システム


 周産期情報システムは、もともと他の業者さんが手がけたものだったんですが、あまり機能しておらず、「なんとか改善してほしい」と相談をされてスタートしたプロジェクトです。
 お腹の赤ちゃんは、すでにクリニックにお母さんが通っていて、検診を受け、いつか問題が起きるかもしれないという状況に置かれています。
 ということは、赤ちゃんに救急的な事案が起こるとしたら、その場所はクリニックです。産婦人科の先生の診断からスタートするわけですから、救急発生時は、専門医との連携がとれればいいわけです。
 そこで、県下のお産ができる施設の約9割にあたる114施設に参加していただいて、周産期医療センターのネットワークを構築しました。これでほぼ100%の問題が解決するだろうということで作った仕組みです。


妊婦と赤ちゃんをスムーズに病院へ運ぶために


 周産期情報システムは1か月に2回ほどの頻度で利用されたんですが、その内訳は、産婦人科の事案が94例、小児の事案が5例です。応答時間の中央値は2分44秒となっていて、このくらいの時間で行き先が決まります。このシステムでは、行き先が決まってから救急車が向かいます。今までは、救急車が向かってから行き先を見つけるので、ぐるぐる回ることになったりもしましたが、行き先が決まってから救急車が動きますから、よりスムーズに診療所から病院に行けることになります。
 日本には、お腹の赤ちゃんに帝王切開をしなければならない問題が生じた際、30分以内に切り始めなきゃいけないというルールがあります。でないと赤ちゃんに障害が起きるという、産婦人科学会のガイドラインがあるわけです。そういう問題に対応するための手段なんです。


周産期情報システムの利用状況


 こちらの図は、救急車がどういうふうに移動したかという事例です。北名古屋から豊橋まで移動した例もありました。なぜこんな大移動をしたかと言うと、高速道路を使えば、変に市内に行くよりも救急車は速いんですね。
 利用時刻の点で言いますと、朝、特に明け方の事例が見つかりにくいというのは、予想通りです。 明け方に問題が発生しやすいということがわかりました。
 主にどこの病院が応答したかということも、もちろんわかります。名古屋でいえば、名古屋第一赤十字病院がメインです。じつは、このシステムを始める前は、第一赤十字病院が99%でした。 なぜなら、みんなわからないから、とにかく第一赤十字病院に電話するんです。すると、第一赤十字病院は、「それは大変だ」と言って、とりあえず引き受けることにして、第一赤十字病院の赤ちゃんを他に移動させて自分のところを空けて待っているわけです。ところが、やって来た患者さんの方が軽症だったりすることもある。そうすると、第一赤十字病院の先生が憤りながら「こんなことをしていたら、助けられる患者さんも助けられない」とおっしゃることになる。ごもっともなんです。そういう背景もあって、周産期情報システムを始めたら、いろいろな病院が要請を受けてくれるようになりました。


システム構築がきっかけで直接連絡が可能な環境に


 周産期情報システムが今、どうなっているかというと、じつはもっと利用率が下がっています。なぜかと言うと、この仕組みの中で、ドクターの間で携帯電話番号を公開する流れになったからです。
 皆さんあまりご存じないかもしれませんが、救急車が名古屋大学に行こうとして電話をかけると、交換の窓口が電話に出ます。窓口の救急担当の人は「申し訳ないですが、交通事故で多発外傷の患者が来ていますので、受けられません」と切ることもあるわけです。
 しかし、心筋梗塞を診る循環器の医者も、赤ちゃんを診る産科の医者も、ちゃんと当直しているんです。つまり、実際には診れる状況にあっても、窓口は「今、大変なので」と言って断ってしまうのが現状なんです。
 そういうことが起きないようにするためには、やはり直接連絡が取れる環境を作ることが非常に重要です。直接連絡が可能になったおかげで、年間に数例、本当に困った時だけしか周産期情報システムが使われないようになりました。それが現状なんです。しかし、今も頼りにされ、機能していると言えると思います。

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(後編へつづく)


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