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特別講座
杉浦先生基調講演【前編】

医療ビッグデータ時代の
医療介護等総合連携システムの紹介と
データヘルス革命の今後の展望(前編)

 
同志社女子大学 薬学部 医療薬学科 臨床薬学教育研究センター 杉浦 伸一 教授

2018年3月16日、医療ビッグデータ分析とAIについての最新動向と活用事例をご紹介する目的でプレミアムパートナー会を開催いたしました。 その基調講演の講師として、同志社女子大学臨床薬学教育研究センターの杉浦伸一教授にご登壇いただきました。 テーマは、「医療ビッグデータ時代の医療介護等総合連携システムの紹介とデータヘルス革命の今後の展望」で、医療ビッグデータ時代におけるシステム開発の現状と将来について、さまざまな事例をご紹介くださいました。 今回はその前編として、電子カルテの課題解決事例をお話しいただきます。
<スピーカー紹介> 杉浦 伸一(同志社女子大学 薬学部医療薬学科 教授)
医師・看護師・ヘルパー・ケアマネ・薬剤師等の多職種間での患者情報の共有可能なケアネットワークシステムや、医療機関情報のGIS-DBシステムの構築など様々な医療システムの開発を推進されています。
【研究室】臨床薬学教育研究センター 【取得学位】博士(医学)名古屋大学 【研究分野】医療薬学
【研究課題】医療行政学(公衆衛生・医療計画・医療機能評価)
【出身大学院】名城大学大学院、名古屋大学大学院 【資格】薬剤師・ヨーロッパ代謝栄養学会生涯教育講師
【社会活動】特定非営利活動法人 抗がん剤曝露対策協議会 理事、特定非営利活動法人 MeDICC 理事

ゲイツとジョブズがそれぞれ目指した2種類のコンピュータ開発


 皆さん、こんにちは。同志社女子大学の杉浦です。
 まず、コンピュータの世界を変え、時代を動かした二人、ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズについてお話しします。この二人は同級生ですが、目指してきたことは違います。
 ビル・ゲイツがやろうと思ったことは、大型コンピュータを小型化することです。私が学生の頃は、PC8001やPC8801のBasicの時代でしたが、当時、このBasicを見て、「これから社会の中心になるんだろう」と感じたことを思い出します。また当時、私が病院に行き始めた頃、まだブルーのブラウン管でしたが、Appleのコンピュータを早くも使っておられる先生がいらっしゃいました。PC8001やPC8801とはまったく中身が違うと当時、すでに感じました。
 一方、スティーブ・ジョブズが目指したのは、コンピュータを身近なものにすることでした。皆さんのお手元には携帯電話がございますが、ご存知の通り、これもコンピュータです。こういう具合に、コンピュータに取り残された人たちにも扱えるコンピュータを作ろうとしたわけです。
 この二人の偉大な人たちによって、今の社会が成り立っているのだと思います。二人のやり方をまとめると、ビル・ゲイツはコマンド型の仕組みを作ろうと、スティーブ・ジョブズは水平分散型の仕組みを作ろうとしてきたのだと私は考えています。


上意下達のコマンド型システム


 コマンド型システムは、ある人が動くと、上層から下層へと情報が伝わって、最後に動き出すという仕組みです。これは、単純計算のような、照準がきちっと定まっている仕組みを動かすには非常に適切なシステムです。最初に作られた時の電子カルテは、レセプトを計算するための計算機でしかありませんでした。後々、カルテに文章を入力したり、他のシステムと連携したりしますが、当初は計算機としてスタートしたわけです。

 ところが、コマンド型システムの場合、新しいものが作りにくい。一部を修正すると、上から全部やり直しになりますから。しかし、現場にいる人間は、そんな事情はわかりません。
 「ちょっと変えるくらいで、なぜこんなにお金かかるの?」
そう言って、現場の人たちは強く反発します。その後、あちこちトラブルが起こるわけです。


電子カルテはコマンド型


 電子カルテというのは、基本的にはコマンド型の仕組みです。医師が処方箋を書き、看護師が指示を受けて、処方が薬局に来て、薬剤師が調剤する。医事で計算し、支払額が算出され、請求書が発行されて、支払システムに行くと、こういう流れになっています。
 ただ実際には、今の医療環境の場合、各部署が全然違う仕組みを勝手に入れてしまいます。大学も病院も変わりません。そうすると、例えば、レントゲンの仕組み、検査の仕組みなど個別の仕組みとは無関係のシステムになってしまいます。
 また、コマンド型の仕組みは上意下達型で、下からのデータを吸い上げることが非常に不得意です。その結果、コンピュータの電子カルテは、あちこちでトラブルが起きやすい仕組みになってしまいました。
 皆さんの中には、電子カルテに関わっている企業の方がたくさんいらっしゃると思いますが、電子カルテに関わった企業の担当者の方は、たいてい疲弊されると思います。正直に言って、現場の人間がコンピュータのことをあまりご存知ありません。そんな人たちが責任者になり、言いたいことを言う。皆さんは納期が決まっていて、長びくほど、お金がかかってしまう。ですが、「お金がかかるのは困ります…」と言うわけにいかず、現場の人間の言葉にどんどん引きずられるわけです。つまり、最初から高いお金をかけて開発をしなければならない状況が起きてくるということです。


独立したシステムがつながる分散型システム


 分散型は、皆さんご存知の通り、一つの独立したシステムが、多様なネットワークでつながることができる仕組みです。情報伝達のスピードが速い、一部の修正が他に影響しないという特徴があります。


 分散型を目指したスティーブ・ジョブズが「自分が世界を変えられると本気で信じる人が本当に世界を変えている、時代を変えようとする人の行動や考えは、これまでの常識からするとクレイジーに見えるかもしれない。しかし『クレイジーだ』と言われている者が、もしかすると新時代の常識になるかもしれない」と言っていました。
 実際、クレイジーな人たちが作ったシステムは、民間の世界の中には、かなり浸透してきたと思います。しかし、我々、医療に携わる人たちの世界にはクレイジーな仕組みは全く浸透せず、昔ながらのオーソドックスな仕組みが導入されて、現場にいつも「電子カルテって、結局何なの?」というふうに思われているのが現状です。ですから、お金をいくらかけたところで、満足される電子カルテが作れないのです。


電子カルテ開発がうまくいかない理由


 ベンダーの皆さんは、一刻も早く要件定義を済ませたいと考えていらっしゃいます。豊富な既存のプログラムを組み合わせて使いたいし、開発者の拘束時間もフィックスしたい。そうやって納期を短縮しないと、コストがかさんでしまいますから。
 大手企業ではアルバイトでたくさんの技術者を雇って対応しています。大プロジェクトになればなるほど、そうなります。その人たちの時間をフィックスするためには、納期を確定する必要があるわけです。
 一方、医療関係者は今の仕事をできるだけ変えたくないと考えている。紙をデータ化したいとおっしゃるのは、その傾向の表れです。なおかつ、責任者の方はたいてい「まず、見せてくれないとわからない」とおっしゃるから、システムが完成してから変更するということが起きてしまう。こんな状況で、開発がうまくいくはずがありません。

 もう一方でIT企業側は、ゼロからの開発を避けたいと考えている。電子カルテでゼロから開発するケースはまずない、珍しいと思います。
 私はその珍しいケース、市民病院の電子カルテをゼロから開発するプロジェクトに携わりました。
 プロジェクトを主導したのは、大手企業だったのですが、電子カルテを作ったことがありません。その社長さんにはとてもやる気があって、「ぜひ作りたい」と。結局、その企業が落札したのですが、その際、私は「落札価格は5億でも、最終的には倍の費用がかかりますよ」と申し上げました。実際、プロジェクトが完遂するまでに12億かかりました。それが現実で、本気でゼロから電子カルテ開発をやろうと思ったら、莫大な費用がかかってしまいます。
 名古屋大学の時の電子カルテ開発は、1000床以上の病院の大きな専用ルームでスタッフが作業していて、時々、長年やっているベテランが院内をぐるぐる回りながら、作業内容をチェックしつつ進めていました。
 ゼロからの開発プロジェクトの場合は、古い病棟の1棟に専門業者の方が集まっての作業でした。壁にパネルがたくさん貼られて、個々の業務がどこまで進んでいるか、進捗状況が一覧できるようになっているわけです。さすが高効率な生産方式で名を馳せた大企業だと思いました。遅れている業務がどこのプロセスにあるのかを全部チェックしながら、プロジェクトがほぼ毎日徹夜で進んでいきます。それでも、納期に間に合わないのです。これが現実だということが、よくわかりました。

 じつは私は、電子カルテにだけは関わりたくないと思っていました。電子カルテに関わると、自分たちの思うようにならない世界に引きずり込まれる、そう考えていました。
 その理由はいくつかあります。現場の仕事を見に行かないから、スタッフが問題点を把握できていない。既存の別のシステムの情報が全然ない。IT企業側が自分たちに都合のいいように、病院側の責任者を「教育」してしまう。教育された方たちは、間違ったことを主張するようになってしまいます。その結果、いい提案であっても進まず。ブレーキがかかってしまう。
 それは、じつは当たり前の話です。電子カルテの新システム開発のようなことを本当にしてしまったら、どこかの業者が沈没しかねないくらい、この市場は肥大してしまっているという現実があるわけです。

 病院側は、IT化すると楽になると考えています。データとして二次利用する予定がない情報でさえ、データ化します。その一番いい例が、電子カルテで、日々の患者の情報をたくさん手入力していることです。「今日の患者さんAの症状は頭痛」などと毎日、医者が入力しているわけです。こうした情報を二次利用している企業、ご存知ですか?誰も二次利用していないと思います。手で書いた情報を写真に撮っているのと全然変わりません。なのに、データを入力して、大きなデータベースとして保存している。あのデータベースはいったい、いつ使われるのだろうと、我々はいつも思っていました。


電子カルテ開発の課題をいかに解決したか


電子カルテの業界に身を置いていない私が、電子カルテ開発に携わり、課題をどうやって解決したかと言いますと、まず業務を把握して、人・物・金の流れを整理しました。それから、解決すべき問題点に焦点を当て、抵抗の強い例外とは戦わないこと。なおかつ、開発そのものから外してしまう。
さらに、最初から拡張すべきところまで設計しておくということが重要です。このシステムで、この社会をどうしていこうかということを初めから念頭において設計しておかないと、大きなシステムとして成長していきません。なおかつ、再利用するデータのみをデータベース化すること。収集できるように設計しておくということです。
また、運用が確定しない内容は意外とたくさんあります。そういった内容については、まずは安価な手法を使って試作して見せてあげること。その後は、二の手、三の手で出していこうということです。
安価な仕組みの一例は、Office365 です。これは、いろいろなことができる優れものです。Office365 のInfoPathで簡単にデータベースを作って、帳票作成などもできます。皆さんがふつうにガリガリ書いたプログラムと同じ機能を、たぶん1週間くらいで作ってしまえます。
そういうものを上手に使い、それで情報をきちんと直して、実際の開発につなげていくということを我々はやっていたわけです。
(中編へつづく)


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